人間は成長するには「行動」が必要です。

そして、行動するには「意志」が必要です。また、その意志を芽生えさせるには行動した結果に伴うベネフィットを知るための「察知」が必要です。

 

プログラミングを学びたいという人は優秀な人のもとで働いたほうが良いとよく言います。しかし、個人的にプログラミングを学びたいという「意志」と「行動」をつなげる手段が「優秀なエンジニアと一緒に働く」ということだけ思っているのが勿体ないと思っています。

ましてや、優秀なエンジニアなんての定義自体も自分の経験や価値観にゆだねられる。

こうして「察知」の力に差がついてくる。

いろんな機会に恵まれて、手段が広まっていく。

 

今はネットが普及して誰でも、平等に情報を享受しやすくなってきました。

しかし、何故この察知の力に差が開いてくるのかというのを最近考えていました。

 

考えた結論として、極当たり前だが情報量がありふれ過ぎている。

日本とかであれば、そこだけのような気はします。

ユーザーは何でも情報が入りやすいので逆に本質的に自分に必要なサービスが何なのかの取捨選択ができなくなっている。

だからこそ、スマートニュースやGunosyといったキュレーションサービスが次に来ているのだと思う。

ただネットに乗っただけではリーチできる人間は限定的だ。

 

 

人間は成長した軌跡を追っていくと、

何かしらのコミュニティに属して、そこで新たな築きを得られて、次に生かしている。

つまり、得られる機会をコミュニティによって発見している。

 

いたってシンプルだと思う。

 

だからこそ、私はその「察知」する力が誰でもあり、情報を見いだす力を発掘することに注力している